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MY DEAR BOMB 山本 耀司 満田 愛 岩波書店 2011-03-30 |
3月12日~7月10日、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で回顧展が
開催され注目を集めているヨウジヤマモトから初の自叙伝
「MY DEAR BOMB」が刊行されました。
モードはアートの中でも最も感受性の鋭い部分を表現しているのだから、
昨今流行のアート・コンプレックスなど、いい加減にしろ、と言いたい。
さらには、美術館に自分の服が入るなど、デザイナー本人は心底望んでいないのだ。
あれはモードの墓場。回顧展など、笑止千万。
回顧展や自叙伝なんてやりたくなかったのでしょうが、一度「死んだ(経営破綻)」と
いうことで心機一転を図りたかったのかもしれませんね。
まぁなんにせよヨウジを知ることができる貴重な情報なのでファンにはありがたいことです。
本書は自叙伝ですが、幼少期から時系列順にヨウジという人間がこんな風に
形成されていきました、というような内容ではなく、小説風、詩、古典の引用と
型にこだわらずヨウジの伝えたいことがヨウジワールド全開で綴られております。
「おまえ、今どこにいるんだ?」
「さっきわたしのこと追い返したくせに、よく言うわ」
「いいから来いよ」
雨の降る深夜3時に女性を呼び出し煙草をふかしながらピロートークをすると
いうシーンから自叙伝はスタートします。自叙伝なのにハードボイルド風。
ヨウジらしいですね(笑)シーツの波間へと俺たち漂う小舟をやりながらも
ヨウジが(尊敬したいと思う反面)女性を憎んでいるという核心に
話が繋がっていくのですが、「○○が嫌い」という話が多いのが
本書の特徴の1つでしょうか。
わたしは、何々風に見える服が大嫌いである。何風でもない、
いかがわしい服の方がよい。それに、いわゆる男らしさ、
女らしさというものなど、しょせんは管理しやすいように
でっちあげられたものではないか。上から押し付けられた
男らしさなど、願い下げである<中略>わたしは、全てのファシズムが嫌いである。
権威が嫌いである。偉そうなものも大嫌いである。
権威のない服を作るのが、私の課題であり、女物は特に、
イイ女に見えるとか、お嬢さまに見えるとか、だいたい、
あのリクルート・ファッションって何だ?有能そうに見せて、
ただオヤジをひっかけるだけの服じゃないか
アクセサリーが嫌い。世の中の文明的進歩が嫌い。全体のプロポーションばかり
気にするのは西洋の美意識に毒されている。商業的なニューヨークやミラノが
あまり好きではない。モダニズムに騙されてはいけない等々。
自分は○○が気にくわないからこういう服を作るのだ、というのが本書の大半であり、
それがヨウジの創作の本質ということなのでしょう。
「モードでモードを否定」「ファッションデザイナーではなくファッションをしている芸術家」
「反骨精神を根底にしたクリエーション」などと評されるわけですね。
こんな感じで、なぜ○○が嫌いなのかという理由と人生哲学が語られ、
既存の価値観を破壊したいという思いが本書から強く伝わってきますのでタイトルがBOMBなのかな?と思いましたが、どうやら違うようです。
怒りと諦め。わたしの中で、この怒りが収まることはない。
収まらないが、一方で、自分一人の力では何も変えられない、
という諦めを頑として存在する。心のそばの胃のあたりから、
永劫、抜けることのない爆弾。このたぐいの恨みである。
はじめは胃のあたりにあった爆弾が、今では背中の方にまで膨らんできて、
わたしの背中を押しやる。
怒りと諦め。劣等感と誇り。創作とモラル。幸せと自己犠牲。
生きることへの疑問。答えのない日々の葛藤(爆弾)がヨウジを苦しめ
またその葛藤がクリエーションへの糧にもなっていると。
だから「MY DEAR BOMB」なのかと納得しました。
本書を読めば、なぜヨウジの服は黒くて大きいのか、なぜ野暮ったいのか、
なぜマスキュリンで強い女性像なのか、そういうのがよくわかるのですが、
ディテールに関する技術論も面白いですよ。例えばボタン論。
ボタンには成仏する位置がある。ジャケットを着て、前のボタンを1つかけると、
そこにジャケットの重心がすっとかかる。その瞬間、服が命を得て、
ボタンは役目を終える。<中略>位置が的確であれば、
ボタンを外したときに身頃がやや脇にいくはずで、閉めても外しても同じ服は
どこかが間違っている。服によって異なるが、最大公約数的に言えば、
おおよそみぞおちの指が一番入る窪みのあたりが、成仏の位置である。
成仏という表現も面白いですが読めば服の見方が変わると思います。
他にも、テーラードの襟、袖付けと肩のライン、襟ぐり、布地、ポケット
などにも本書で言及しているので、ヨウジの哲学に興味がない人でも
技術論の箇所は読んでみるのをオススメします。
本書は「間」を大切にするヨウジらしく、「考えるんじゃない、感じるんだ」という
ブルースリー的な箇所も多く出てきますが、本書を一度通読してから読み直すと
なんとなく理解できるような気がしてきます。話の中心は2章でその価値観は
どうやって形成されていったのかを知る手がかりが1章に綴られているという構成なので、
読み終えた後にまた1章を読むと理解が深まるのではないでしょうか。

コメント
コメント一覧 (1件)
服に負けてしまうんで着たことないですが
やっぱ凄いですね~
この人と川久保さん越えるデザイナー早く日本から出てきてほしいです