
ファッション批評誌『fashionista』が3月2日に発売されました。
創刊者はDESIGNEASTやFabLabなどの実行委員を務める水野大二郎氏と
ファッション系研究機関でキュレーターとして活躍する蘆田裕史氏。
両者による自費出版です。現在、公式Facebookページ、
東京のSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS、大阪のスタンダードブックストアなどで
販売されております。価格は1,500円。
表紙はアンリアレイジのオフィスにあった作品で、表紙をめくった一発目の
デザイナーのインタビューがアンリアレイジのデザイナー森永邦彦氏。
若手のデザイナーで一番批評しやすく、作品を語ってくれるデザイナーと
いうことで選ばれたようです。
インタビューの他にもギャル男のヘア論、デザイナー論、国内外のファッションに
関連する展覧会や書籍情報、公募枠では学生の論文も載っており、
文章の丈もクオリティーもバラバラ。批評誌というより、
ファッションを語ろうというスタンスの本です。なので批評誌と
いう小難しいイメージを持たず皆さんも気軽に読んでみては。
ファッション批評といえば、批評(批判)して相手のビジネスの邪魔を
しても仕方ないというような意見があり、何かメリットでもあるの?と
疑問に思う人が多いかもしれませんが、例えば、冒頭の森永邦彦氏が
鷲田清一氏の身体論をベースとしたモード批評の影響を受けているのを
本書のインタビューで語っておりました。批評を通して面白いデザインを
生み出すインスピレーションを得たわけです。消費者も批評からその背景や
関連する知識を知ることで新しい見方ができるようになるかもしれない。
より服に愛着がわくかもしれない。そういう視点を知ることって大切だと
思うのですね。
また編集者のお二人は批評がアーカイブになるとも述べていました。
その時代の人たちがファッションにどのように関わってきたのかが記録として保存される。
これって重要なことで、今の日本のファッション業界はあまりにも過去に無頓着なんだそうです。
批評するには過去の資料が必要ですが、ファッション誌のバックナンバーですら揃っておらず、
過去の情報にアクセスするのが非常に困難なんだとか。だから批評が活発におこなわれない。
これと似たような話。日本でファッションの展覧会があまり行われない
理由の一つに過去の服が資料として美術館に保存されていないという問題があり、
展覧会を開催しようと思ったら海外や一般の方から服をレンタルをする必要があり、
費用が非常に高額になるそうです。時が経てばヴィンテージとなり高額になりますが、
新品の時に購入し保存しておけばセルフヴィンテージで安く済みます。
海外ではきちんとこれをやっているわけです。
ファッションは文化であり過去から連続するモノなのでこういうことの
積み重ねではないでしょうか。批評が直接何かに大きな影響を与えることは
少ないのかもしれませんが、批評の数が増えたり時を経れば、我々の想像の
つかないところで好影響を与えているのかもしれない。
そう考えると批評する意味ってあるのかな?と思いませんか?(笑)
ファッションの批評って学術的なファッション論を展開すればよいの?
と難しく考える必要はなく、よくあるファッションチェックの延長上という感覚から
始めてみても良いかもしれません。チェックの対象が少し拡大しただけ。
「批評=批判」「批評=価値観の布教」と変に構える必要はなく、
「感覚(センス)」「自己満足」「人それぞれ」で片づけられそうな事柄について疑問を持つ。
自分はどう思うか言葉にする。視点を提示する。そこからスタートです。批評の質というのはもちろん大切ですけど、まずはそういう場を作る、プレイヤーを増やす方が先かなと個人的には思っています。
デザイナーを始めファッション好きは何かと言葉にしたがりませんが、まずはファッションを楽しむこととはどういうことなのかを考える。それが語られないと一般に裾野が広がらずプレイヤーは増えないと思うのですね。
ファッション界以外の人たちが、ファッションの世界とその住民を「恐れている」
からだと個人的には思っています。例えば、デジタル系の方たちとの打ち合わせで
たびたび聞く言葉が「私、ファッションわからないですから」という発言です。
初めての打ち合わせでは8割の人がそう言います。
WWD3月4日の日曜コラム「ファッションは「わかる」ものなの?」より抜粋。
ハイコンテクストでわかる人はわかるというスノッブなことをしてきた結果がこれなのかなと。
コラムでは「知的な階級」と表現されておりました。
服が「わかる」ことよりも、服を通じて自己表現を「楽しむ」事の方が
むしろ大切、あくまで私的にですが、そう思うのですが皆さんはどう思われますか?
コラムではこう締めくくられておりますが、「ファッションを楽しむ」ってどういうこと?
何が楽しいの?どう楽しむの?それを第三者に説明できますか?とも思うのですね。
ファッションは楽しいぞ!さぁこの素晴らしいファッションを見てくれ!
とヴィジュアルだけを見せつけられても、それで楽しめるのはファッション好きくらいですよね(笑)
むしろなぜそこまでのめり込んでいるのか説明して欲しいくらいでしょう。
いわゆるファッション好きの批評の対象は御三家ばかりなので外部から新しい風を吹き込む方が面白くなると思っています。
アート方面からの作品論・作家論だけではなく批評には多様なアプローチがあっていい。できる限りいろんな専門分野を持つ人を巻き込みたい。そのためにはファッションをどう楽しんでいるのか。そういうファッションと自分の身近な接点を語るファッション好きがもっと増えてもいいと思うのです。それを読んでファッションに興味を持つ人もいるはずなので。今はまだ「ファッションを語る=ナンセンスな人」というイメージが強いので、美意識と自意識の高い人は語るのに抵抗があるとは思いますが・・・。
編集者のお二人はデザイナーにももっと作品について語ってほしいと考えておられるようで、
冒頭で何人かのデザイナーにインタビューをしているのはその狙いがあるからです。
編集者の論考が載っていないのも特集を組んでいないのも間口を広げたい、
編者者の「スタンス」を示したくない(批評に関するスタンスの押し付けになる)という
理由があるからです。批評の不在を嘆いても始まらないので批評の場を、
ファッションを語る場を作りたい。その一歩として本書を自腹出版。
自ら踏み台を買って出る。男気があると思いませんか?
長々と書いてしまいましたが、要するに何が言いたいかというと、
「みんなもっとファッションを語ろうぜ!」ということです。
語る場所は皆さんのツイッターでもブログでも。
『fashionista』に応募してもいいと思います。語る場がなければElasticのコメント欄にどうぞ。
私がコメント欄を開けているのはこんな時のためです(笑)
コメントの熱量があまりにアレだったら私が調整しますのでそこはご心配なく。
【Link】fashionista
コメント
コメント一覧 (1件)
デジタル系の方の言う「わからない」は興味がないということかなって思いました。恐れているっていうより軽薄なものとして片付けられているように思います。僕自身は以前ほどファッションに興味がありませんが、ふくを通じて自己表現よりも、寒い時は暖かい服、暑い時は少しでも涼感のある服を着ることに興味があります。
Fashinistaが長く続くことを願います。