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若者のファッションは均質化・同質化しているのか?

・若者ファッション論 口コミファッション化する若者たち ~対談・渡辺明日香【前編】

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20130206/1047278/?P=1


・若者ファッション論 古着とファストファッションとプチ個性 ~対談・渡辺明日香【後編】

http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20130206/1047280/?rt=nocnt


 若者のファッションが均質化・同質化しているという視点で、
共立女子短期大学の渡辺明日香氏と博報堂若者生活研究室の原田曜平氏が対談しております。
若者のファッションが無個性になり、ファッション誌はマニュアル化し、
インターネットが情報をフラットにしそれらを後押しする。
最近よく見る話ですよね。今回はこれを読み思うところを少し書いてみることにします。




■90年代以降奇抜なスタイルはほとんど生まれていない



なぜ?没個性社会ニッポンで奇抜なファッションが生まれる7つの理由




没個性社会だと揶揄されることも多い日本社会ですが、ガングロ、デコラちゃん、ロリータ、ゴスロリなどの奇抜なファッションはどのようにして生まれるのでしょうか。反対に、なぜ欧米ではこのような派手なファッションが受け入れられないのでしょうか。そこで今回は、一見すると個性がないように捉えられてしまう日本社会で、奇抜なファッションが生まれる理由を7つご紹介します。


 こちらは少し前にツイッターのTLに流れてきた記事です。
挙げられているガングロ、デコラちゃん、ロリータ、ゴスロリ、
加えてエンジェラーやサイバー系もそうなのですが、一般的に個性的(奇抜)として
紹介されるスタイルの大半は90年代に生まれた、
もしくは話題になったスタイルです。


 そこで気付いたのですが、00年代以降奇抜なファッションスタイルってあまり生まれて
いないのではないでしょうか。ぱっと思い浮かぶのが、ヤマンバ、アゲ嬢、
悪羅悪羅系、森ガール、フェアリー系くらいです。渋原系はリアルクローズ路線で
奇抜ではないので外しています。


 で、ヤマンバはガングロに端を発するスタイル、アゲ嬢や悪羅悪羅系は強めギャル・ギャル男という
昔から見られるスタイル、森ガールはオリーブ少女の生まれ変わり、
フェアリー系もロリータの一派程度の認識だと思います。
正確にはロリータとフェアリーは文脈が異なる、どちらかと言えば、フェアリー系は
姫ギャル系(アゲ嬢)の流れで盛り文化の影響を感じますが(妖精要素を盛りまくるスタイル)、
そこは話の本筋ではないのでこれ以上は止めておきます。


 要するに、00年代に見られる新しいスタイルは「盛る(≒デコる)」くらいだと思うのですね。
姫要素を盛りまくるアゲ嬢、いかつさを盛る悪羅悪羅、森要素、妖精要素・・・とほとんど
それで説明がつきます。ネットでは原宿の奇抜なファッションスタイルがよく話題になりますが、
全体的な傾向として均質化・同質化しているという点は同意です。


■10年単位で「マニュアル⇔奇抜」とトレンドが行ったり来たりしているだけ?


 では90年代からもう10年ほど遡り80年代はどうだったのかと調べてみると、
80年代はマニュアル世代と呼ばれており、話題やトレンドに乗り遅れないために
雑誌を手本にしていた時代です。その象徴がファッション誌のPOPEYE。
80年代前半はアンノン族の末期でもあるので、男女ともに雑誌の影響が強いと言われていた時代です。



 そこで思ったのですが、時代に乗り遅れないために雑誌を手本にしていた80年代。
空気を読むためにネットの声を参考にしている今。 人の目を気にするという点で
根っこは同じなのかもしれないなと。


 90年代は80年代のマニュアル的価値観に反発するかのように次々と奇抜なスタイルが
誕生したのは前述の通りです。今の10年代も00年代の無難で面白味のないスタイルを崩そうとしているのか、
きゃりーぱみゅぱみゅ的なファッションモンスターが目覚める気配を見せていますよね。
10年単位で「マニュアル⇔奇抜」とトレンドが行ったり来たりしているだけにすぎないならば、
今後、奇抜なスタイルが次々と登場するのかもしれません。


■90年代と10年代の違いはどこにあるのか


 トレンドはまったく同じ個所を通過するモノではなく、「差異化」の90年代に対し今は
「共感」と向いているベクトルが違います。ファッションモンスターで面白味のないスタイルを壊したいけど、
それは差異化で突き抜けるものではなく共感を得るスタイルでないといけない。
その「共感」の中心に据えられている価値観が「かわいい」なのだと思います。


 それを体現しているのが、「今」を代表する日本のファッションアイコンであるきゃりーぱみゅぱみゅ。
彼女はマインドがギャルで「かわいい(共感)」を重視しながらも原宿系的な
奇抜さを志向するスタイルです(そのあたりの話はきゃりーぱみゅぱみゅは原宿系なのか?女性誌のトレンドからの一考察で)。
だからこそこれだけブレイクし青文字系をマジョリティに押し上げたのでしょう。


 一方、きゃりーとよく比較される90年代の篠原ともえさんはコギャルという女性性を
アピールするマジョリティと差異化を図るために、「性」を感じさせない不思議ちゃん路線で
突き抜けたキャラになりました。「かわいい」ではなく「キュート」とも評されています
(″ラジカル&キュート″というコピーはあっても″過激かわいい″というコピーはない)。
ギャルと共存の道を選んだきゃりー。ギャルとは相容れないあくまで個人主義的なシノラー。
両者はそこが違うのです。


 そんなわけで、今は「かわいい」の範囲内で奇抜と無難のバランス感覚を競う、
冒頭の日経トレンディの記事の表現を使うなら「プチ個性の演出合戦」の時代です。
だから大枠では同質化・均質化しているようにしか見えない、というのが私の見解です。


 ただ今ほどスタイルが無駄に細分化された時代はないとも考えることができ、
例えば、奇抜なスタイルを次々と世に送り出すファッション誌KERAは
パンクファッションを10以上のスタイルに細分化
しております。
ロリータスタイルに至っては20以上です。もちろん一見同じように見えるギャルや赤文字系にも違いはありますので、
そのスタイルの違いはどこにあるのかという視点とかわいいが理解できる感性を備えていないと
差異を捉えるのは難しいのかもしれません。識者たちが気付いていないだけで水面下で多様化が
進んでいる可能性も否定はできないと思うのですね。あまりライフスタイルを伴わない
表面的な〇〇系ばかり増えても仕方がない気はしますけども・・・。


■「これ見よがし」ではない時代


 モード界の方を見ても、わかりやすい「これ見よがし」なコレクションが減り
毎シーズン代わり映えのしないブランドが増えました。トレンドが停滞しており、
どのブランドも似たり寄ったりで均質化しているという指摘もあります。
しかし少しずつトレンドが移り変わりながら変化はしています。


 若者たちも似たようなもので、「これ見よがし」で個性的なスタイルをする人が減り、ディテールで差異化を図るという今のファッションの大きな流れがある中で、それをどう捉えるのかという話なのだと思います。トレンドに落差がなくなりファッションが同質化しつつあるのか。ネットによってスタイルの均質化が進んでいくのか。違いがよくわからないほど細分化されているだけなのか。いろいろと考えられますが皆さんはどう思いますか?





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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (3件)

  • かなり前から読ませてもらってるけどたぶん初コメ。daleさんの分析、考察系の記事が好きです。

  • 他人にはパッと見分けがつかないようなディテールで勝負=自分目線・個人主義的なのかも知れないですね
    自分の人生の安泰ばっか考えてて社会に対して何かを打ち出すなんて微塵も思わない人間が増えてる気がしますし

  • >>モード界の方を見ても、わかりやすい「これ見よがし」なコレクションが減り 毎シーズン代わり映えのしないブランドが増えました。
    アミ、カルヴェン、アクネ、カラー、サカイなどは、これ見よがしに「これ見よがし」ではないですよね(笑)。
    ハイブラでこの傾向なんですから、巷にデニムシャツチノパンが量産されても仕方ないかな、とも思います。

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