まぁ3号さんの「ファッションセンスを考える」という記事に触発され、
ダサイファッションとは何かを今回は考えてみる事にしました。
服の基本的なルール(配色の組み合わせ等)が守れていない、
サイズのバランスがおかしいなどは今回は省きますね。
なお、ダサいとは”あかぬけていない、田舎臭い”
という意味で使われる事が多いですが、
今回は“多くの人に好感を得れないファッション”という意味合いで使います。
では、ダサイファッションとは何なのか。
ダサイ人はどういう人なのかを考察していきます。
■トレンドを一切考慮しないのはダサイ
「恋人にするなら今時の人(服装)がいい」というのをよく雑誌で見ませんか?
これはどういうことかと言いますと、
今時のファッション=今時の価値観や趣向を持っている
と判断しているものと考えられます。
だからこそ多くの人が、今時のファッションに染まっていますし
(染まろうとしている)、今時のファッションの人を好むのです。
逆に今時のファッションをしていないと、今時の価値観や趣向ではないので、
コミニュケーションが取りにくいと判断するのでしょうね。
そして、それがダサイに変わっていくのではないでしょうか。
「恋人にするなら今時の人(服装)がいい」
という考え方から推測してみますと、
コミニュケーションがとりにくい人は、
コミニュケーションがとりやすい人に比べ魅力的ではない。
↓
コミニュケーションが取りにくそうな服装をしている人は、
コミニュケーションがとりやすそうな服装の人に比べ魅力的ではない。
↓
今時の服装でない人は、今時の服装の人より魅力的ではない。
↓
今時の服装でない人は、今時の服装の人より好ましくない。
↓
好ましい服装ではない=「ダサイ」
という感じだと思います。
同じファッションの系統同士がなぜ集まるのかというと、
コミニュケーションが取りやすいからというのもあるでしょうね。
話がやや脱線しましたが、要するに今時の服装ではない人やあまり
見たことがないような独特なファッションをしていると、
ダサイと認識されてしまうのです。
極端であまりいい例えではないですが、
原始人みたいな服装をしている人を街中で見たら、
ほとんどの人がダサいと思うはずです。
あの人、めっちゃセンスいいやん。声かけてみよ~♪
という人はまずいないと思います。
なぜなら時代遅れであり(トレンド無視)、
普段、目にしたことがないファッションだからです。
そして、それはコミニュケーションが取りにくい事を想像させます。
仮に原始人みたいな格好が現在のスタンダードなら、
その服装をダサいと思うことはないでしょうが。
で、その今時の服装って何なのかって?
それは、トレンドを考慮している服装の事です。
トレンドを考慮に入れてさえいれば、何系でもかまいません。
ファッションの系統に優劣はありませんが、トレンドは意識したいものです。
ファッションの系統関係なく、コンサバ(保守的)が誰にでも
好感を持たれるのは、コンサバは永遠の今時(トレンド)の服装と
言えるからではないでしょうか。
と長々と書きましたが、
トレンドを取り入れることはファッションには欠かせない要素です。
そもそも「ファッション」というのは「流行」という意味でもありますし。
それを一切無視するのは、ダサいと思われる要因の1つになるのだと思います。
■自分のファッションを人に押し付ける人はダサイ
これは中途半端な知識とセンスを持っている人が陥りやすいです。
“○○系はダサイ。俺の属する系統(ブランド)こそカッコイイんだ。”
とか、“俺がファッションというものを教えてやるよ”とかね。
自分のファッション知識やセンスが周囲(世間)から認められないので、
自分のファッションを無理やり認めさせようとする行為と言えるでしょう。
そして周囲から評価されないので、ますます自分のファッションに意固地になり、
視野が狭くなっていきます。そしてついには、ファッションは自己主張だと
言い出します。確かにファッションは自己主張ですが、
自分色が強いだけの視野の狭いファッションはカッコイイでしょうか?
きっと世間的には、独特なファッションだなぁ~。
コミニュケーションが取りにくそうだなぁ~。
なんかダサくない?
という感じで判断されていくと思います。
思うに、周囲からセンスや知識が認められていないということは、
ファッションセンスがあるとは言えないと思います。
多くの場合は自分の能力が不足しているはずです。
能力が中途半端だからこそ、周囲から認められないのです。
そしてそれに気がついていないということは、
自分がわかっていない(客観視できていない)ということです。
この手のタイプはブランド名や服の系統だけで服を選びがちです。
なるほど、そのチョイスは他の誰かには似合うかもしれませんが、
自分には似合わない可能性もあります。なぜなら、自分をわかった上で、
その服をチョイスしたわけではないからです。
その結果、ダサイ服装の代名詞である、
“服に着られている”という状態が生じるわけです。
雑誌のファッションをそのまま真似てダサイと思われるのも、
自分というものを考慮した上でのファッションではないからでしょう。
というわけで、自己主張のあるファッションはかっこいいのですが、
その自己主張が客観視されたものでないと、世間的にはダサイのです。
自分を客観視して、軌道修正をすることも大切だと思います。
なお、ファッションがわかっている人は、
人に自分のファションを押し付けません。
その人に似合いそうなファッションを提案するという形を取るのだと思います。
以上、
・トレンドを一切考慮していない
・自分を客観視できていない
という上記の2点がダサイ原因であると提案しておきます。
まだまだダサイと思われる要因はたくさんあると思いますが、
皆さんはどんなファッションがダサイと思いますか?
もしくはどんなファッションがセンスがあると思いますか?
それでは皆様の意見を楽しみにしています。
ではでは。
<関連記事>
・ユニクロはダサいのか?
・「服に着られている」から脱却するには
・「ダサイタマ」から脱出か!?
・秋葉系ファッションがモテない理由
コメント
コメント一覧 (19件)
どうもーヽ(´▽`)/。
あの記事がすごい膨らんでますね。
「ダサイ」っていう切り口はおもしろいです。
うん。もっと深く掘り下げて
ウチでも考えてみます。明日・・・(ノ_・、)。
(ついさっきかなり練ったの書いてつかれましたぁ)
こんばんわ!
私にはかなり耳が痛い記事でした・・・(涙)
私はモロに後半のダサい人間ですわ・・・。
この「ダサさ」から脱却するためにはどうしたらいいものか。。。
どうもネームバリューに左右される自分が悲しいです。
daleさんのブログって読んでておもしろいので、次がいつも楽しみです☆
「ださい」をここまで掘り下げてしまうとは。。。すごい!
私にとってダサイと思うファッションは
1.自分がないこと
2.1つのファッションに凝り固まること
が大きい要因だと思います。
トレンドも重要ですけど、そこに自分の強いこだわりがなければかっこよくないと思います。トレンドも重要だけど、ほとんど変えないこだわりも必要というのが私の持論です(笑)
そしてやっぱりコンサバばっかり、カジュアルばっかり、というのは魅力的じゃない。似合っているからといってそればっかり着てたらちょっと・・・って思います。
大変興味深い記事ですねw毎回daleさんの記事にはうならされてますw
『どんなファッションがダサイと思いますか?
もしくはどんなファッションがセンスがあると思いますか?』
アタシが思うダサイファッションは
・中途半端
・ワンパターン
ですかね。中途半端っていうのは、いくらトレンドを取り入れてても何か決めの一手が足りないって感じですね。
全身ビシっと決まっていても靴や小物のチョイスがおかしいだけで台無しになってしまうと思うんです^^;お洒落な人こそ小物使いが巧いと感じます。ある程度までなら誰だってトレンドを取り入れる事が出来ると思うんですよ、だからこそ小物や最後のつめの甘さで差が出るのかなと思います。
ワンパターンていうのは応用が利かないって感じですね。トレンドを取り入れつつ、自分流に着崩す・外すっていう人はお洒落だと思いますねw
それに応用の利く人は全く違うジャンルでも自分に合うもののチョイスが巧いので見てて飽きないですw
ダサイというよりかは『残念な人』って感じになってしまいましたが…とか言うアタシもまだまだ修行中なので偉そうな事は言えません^^;決めの一手なかなか難しいですね(苦笑)まずは自分を知ることが大事ですね~
こんにちは。以前女性ファッション誌の分類&分析
でトラックバックさせていただいたどかでら日記の鈴之助と申します。
全然ファッション系blogではないんですけど考えられている文章で面白いのでコメントさせていただきます。
つきつめるとおっしゃっている2点になるのかなあ。
服って、自分の欠点を隠し長所を強調することで
自分を良くみせるものかな、と。
だからといって5年・10年同じような格好だと見飽きちゃうので違った雰囲気を常に醸し出しすと、その度に「おお!」と思ってもらえる。(=これがトレンドを取り入れる)
日本人が、欧米人よりお洒落だとよく欧米のデザイナーなんかがコメントしているのは、やはり体型的にどうしても見劣りするからなんじゃないかな~と思ってます。
個人的には
・柄フェチなので、柄物の服をくどく感じさせずに着ている女性
・裏地など見えにくい部分が凝っている服を着ている男女
・ボタンホールやカフス、ポケットなどディティールに遊びがある服を着ている男性
などをみるとセンスを感じます。
>まぁ3号 さんへ
簡潔にまとめたかったのですが、
ぶくぶく膨らんでしまいました(汗)
考える系の記事は疲れます(笑)
まぁ3号さんの次回の考察系の記事を
楽しみにしております^^
>あゆみさんへ
ブランドのネームバリューで買うのは、
ある程度は当然のことだと思いますよ^^
そしてあゆみさんはよ~く自分を研究
している事がブログから伝わってきますので、
ダサイ事はありえないですね^^
>Graceさんへ
屁理屈考察記事にいつも付き合っていただき
ありがとうございます^^
>自分の強いこだわりがなければかっこよくない
なるほど!
ポリシーを持てということですね^^
最大公約数ばかり追い求めると、
それはそれでおかしなファッションになる
かもしれませんね^^
>チオさんへ
>決めの一手
なるほど。自分独自の決めの一手を持っておこう
ということですね^^
そしてそれを応用しろと。
僕の決めの一手はなんだろ・・・
あ。ないや(汗)
>鈴之助さんへ
以前、TBの記事を拝読させていただきました。
ギンザは創刊当初はコンサバだった。
という衝撃の事実を知りました^^
なるほど。
トレンドを取り入れるのは見飽きるのを防ぐためですか。確かにそうですよね^^
>柄物の服をくどく感じさせずに着ている女性
これはセンスがないとできない芸当ですよね。
僕はセンスがないので柄物を着ると、
失敗してしまいます^^;
見えない部分のディテールに凝ってる人は素敵
ですよね。
僕はどうしても見えるトコばかり気にしてしまいます。。。
「サダオ(改)」
えっとですね。
ちょいと前に、ウチで
「ファッションセンス」を考える。 って記事を書いたのでございますヾ(´▽`;)ゝ。
そしたらなんと、
「ココロの師匠」の「dale」さん (← リンク間違えた。はい、確信犯です♪) から
【ダサイファッションってどんなの?】
という記事がトラバされて来た訳です ヽ(´▽`)/「うれしぃ~。」
この切り口面白いなぁ、と思ったので
ウチでもやってみようという試みであります☆L(´▽`L )「やったれぃ♪」。
はじめは、この記事を受けて、
「自分なり」の「ダサイ」を考える。
という記事を書こうと思ったんですが、
「dale」さんの、この記事に対していろいろとコメントがついていて、
皆さんの「ダサイ」の定義を大変興味深く拝見させていただいたのですが、
この手の自分の定義って、
「他人にはわかりづらい・・・ (ノ_・、)。」
って、思ったのです。ヽ( ´¬`)ノ 「わから~ん。うそ。ホントはちょっとわかる。」
どうしても、「ファッション」自体、
とても「アイマイ」な事 (goo辞書) だと思いますので、
伝える為のコトバも「アイマイ」になり、
個人によってその「基準」がちがうのではないか・・・。
だから、正確に相手に説明するのは、とても難しいと思います。
もちろん、コメントされた方々は、
>皆さんはどんなファッションがダサイと思いますか?
に対しての答えがメインですから、それでいいと思います。
あの、ところで・・・、正直「すごい・・・(ノ´▽`)ノ。」って思いました。
「しっかり考えた」か「自分のファッションを確立」されている方々だと思います。
(もし「答えて」って言われたら、私は「ムリ!」と即答してあげます (ノ_・、)。)
なので、私は
「ダレにでもあてはまる?【ダサイの定理】?」を
提案してみようかと思います。
何故かと言うと、昨日からお世話になります
「はてなブックーマーク」 の中で、(けっこうブクマされてる)
> 『「トレンドを一切考慮していない」という姿勢に関しては
、
> 俺個人としては非常に好印象なんですが…。』
ってひとことコメントを見たんです。
なるほど。その考え方もある、と思ったのですよヾ(´▽`;)ゝ。
となると、逆に言えば(「まぁ3号」超・極論派党所属。新人。)
自分ルールでは「おしゃれ」でも、
ある人物からは「ダサイ」と言われる可能性もあるってコトですよね。
やっぱり全て、個人の捉え方次第になってきますよねぇ・・・・・。
というのが、きっかけでございます (。´_`)ノ。
なので、
「個人の感覚」「年齢」「性別」「国籍」
「趣味・嗜好」「属するジャンル」「コーディネート」などを
飛び越えて使えるもの、として考えられないか?って言う切り口です。
(ちなみに「ファッション」限定。例えばキャッチコピーの判断とかには使えません)
ではでは、早速スタートっ! o(▽`*).。oO(ヾ( ´¬`)ノ~「実はよくわからん♪」)
?【ダサイの定理】?
まず、
(A)を「本人」
(B)を「対象者」
と仮定しまして
(A)が(B)に対して(Bさんは自分の事をおしゃれと思っていても)
その1「(A)の感覚・感性では(B)の感覚・感性が理解できない。」
その2「(A)を取り巻く周りの環境と(B)の環境が違う。」
その3「(A)は(B)が採用しているスタイルに憧れがない or 飽きている。」
その1~3がすべて当てはまる時、「ダサイ」って言っちゃうのです。
うーん。むずかしい・・・。
とにかく、全てにおいて当てはめようとした分、
浅い定義になってしまったヾ(´▽`;)ゝ。
なぜ、こんなに浅くなってしまったのかと言いますと、
「dale」さんの記事のなかに
>■自分のファッションを人に押し付ける人はダサイ
ってありますよね。
ところで、コレって、
「お互い」が「お互い」をダサイと言い合う。
状況だと思うんですよ。
(個人的にはは押し付ける方がダサいですけど・・・(´ヘ`;)、)
(でも押し付けている方は、「相手」がダサいと思って押し付けてますから。)
つまり、
(A)を「押し付けられる側」
として考えるのは、もちろん当てはまり、
(A)を「押し付ける側」に当てはめても
(言い換えれば、AとBを入れ替えても)
意味が通じるように考えてみたら、こうなっちゃったのですヽ(´▽`)/。
いかん。アタマぐちゃぐちゃだ。
とりあえず、自分でも色々当てはめてみて、
(ギャルさん・古着さん・ワンブランド着用さん・流行おくれさん などなど)
次回また発表しようと思います。
とりあえず、 「コレ」(紺ハイ VS ルーズソックス)、宿題です。
(わからないけど、多分取り上げるつもりです。予定だから未定。)
でわでわ。□_ヾ(‘_’ )「むずい・・・。」
○おまけ○——————————————————
「dale」さん、いちおうトラバ飛ばしました。
個人的には、みなさんコメントだけじゃなく、記事にして飛ばせばいいのに、
って今回思っちゃいました。(でもブログの方針とかありますか・・・。)
それだけ「dale」さんの「ダサイ」切り口はおもしろいし、
このネタはいろいろ読んでみたいです。いや、あの、それだけですヾ(´▽`;)ゝ。
ありがたいお言葉です!
私も触発されて、「ダサい」とか「ブランド」について考えてみました。
といっても、完全に自分について考えただけなんですけど(汗)
気が向いたときにでも読んでいただければ、これ幸いです。
はじめまして。ふらふらとたどり着きました。
しかし、めちゃくちゃ面白いテーマですね!
というか、センスが鈍ってる私には、
永遠のテーマであったりします。
他の記事もすごく面白いので、
またちょくちょく覗きに来させていただきます!
>ハリケーン678さんへ
はじめまして^^
ファッション掲示板で「ダサイ」というのを
よく見かけるので、ちょと考察してみました。
僕はセンスのない屁理屈野朗ですが、
また遊びにいらしてください^^
私わダサくてもいいと思うなーーーーーーーー!!!ある意味ダサいってのもファッションだと思うんだァ(^_^)
私の彼氏はダサ男だけど、
イイ人だし好きだなぁ
>ダサイんですさんへ
ダサくてもいいと思いますよ^^
ダサいという言い方は悪いですが、
それも個性ですもんね。
結局のところ性格がよければ問題は
あまりないですよね。
dale様
はじめまして。tenchoと申します。
ざっと読ませていただきましたが、大変参考になります。非常にわかりやすい!
私は端的に申しますと、
ちょこっとパソコンいじれるから通販店長なんだけど・・・ナリやら商品知識はそれでいいのか?
やはりそれではいけませんよね。
コミュニケーション云々のところに関しては
「はっ!そうだったのか。だから。。。」
などと心打たれてしまいました。
心身ともに洗練された人間になれたらと考えております。
RSS登録いたしました。貴重な情報源として、毎回の記事を楽しみにしております。どうぞよろしくお願いします。失礼しました。
P.S.エビちゃんの「事務所」は近所です
>tencho様へ
はじめまして^^RSSに登録していただきありが
とうございます。こんなブログで良ければ、
何かしらの参考にしてやってください。
エビちゃんの事務所が近所なんですか!?
生エビちゃんがたくさん見れそうで、
うらやましいです^^
引きこもりです。
歩いているだけで、きもい、ダサイ。
見て!あの人~って言われる。
外に出るのが怖いし、
服装に気を向ける余裕もない人もいますよ。
皆さん楽しそうですね☆
引きこもりです。
歩いているだけで、きもい、ダサイ。
見て!あの人~って言われる。
外に出るのが怖いし、
服装に気を向ける余裕もない人もいますよ。
お前らがダセーんだよ
キモい
ダサい
こういう言葉を相手に聞こえるようにわざわざ言う人もどうかと思います
大概見てみると周りから多くの人が嫌煙されそうな服装をしている人ばかりです
自分が蔑まされて見られていると自覚しているから弱そうな人を見つけると攻撃したくなるんですよ
要するに可愛そうな人だってことです