近年何かと“個性の時代”とか言われていますよね。
で、CanCamを読んでいると、
「入学式で隣の席だった子が、名前も、服も鞄も同じだった。
今では親友に。これって運命。」みたいなことが書いてありました。
運命と言えばそれまでですが、まだまだ日本は、
みんな横並びの”没個性”のファッションではないかなぁと私は思いました。
よく限定品とか人と違う物を所有する事で、
個性を打ち出そうとする人がいますが、それは個性ではありません。
個性は「他人と差別化を図る事」ではなく「自分らしさを出す事」です。
そもそも個性というものは本来備わっているもので、育てるものです。
自分の中にありもしないのに、無理やり作り出すようなものではないのです。
「他人は関係ないぜ。俺(私)は俺(私)の道を行く」と言い、
いきなり自己主張の強い尖ったファッションをする人がいます。
確かにそのファッションがカッコイイと思う事もありますが、
奇抜な事をしてるなぁ~と感じた事もありませんか?
自分の主張を相手に伝える際に、
他人の主張にも耳を傾けないと、自分の主張が空回りしてしまいますよね?
ファッションも自己主張の1つなので同じ事が言えます。
他人のファッションに目を向けない人は、
空回りしている奇抜なファッションになってしまうのです。
ではどうやってファッションで個性、
すなわち自分らしさを出せばよいのでしょうか。
個性を出すには、いきなり個性を出そうと頑張るのではなく、
まずはとりあえず1つの系統のファッションを極める事だと思います。
そうすればファッションの基礎も同時にマスターしているはずです。
どんな系統のファッションでも、スタイルこそ違いますが、基本は同じです。
そこから自分の好きなファッションをしていけば、
(本来備わっている個性を育てれば)気がつけば個性が勝手に出ていると思います。
どんな系統のファッションでも、極めようと思えば、自分の研究をしなければ
なりません。そのファッションの系統と自分がマッチするよう試行錯誤している
間に、個性は出てくると思います。そのファッションの系統と自分をマッチさせる
プロセスは個人個人で違うので。
あと、系統の好み(趣向)が変わったからといって、
昔の服(趣向の違う服)を全部捨てたりする人がいます。
例えばネット界のファッションリーダー?のミズ○ン○さんとかね。
彼の場合は全部燃やしたらしいですけど(笑)
私が思うに、それは自分の個性を捨てたようなものです。
自分のファッションの歴史を捨ててはいけませんよ。
自分のファッションの歴史はその人にしか作れない1つの個性です。
昔は古着ばかり着ていた人が、今はハイブランドばかり着ているとします。
そこで、ハイブランドと古着を合わせればいいではないですか。
過去の自分の趣向と今の自分趣向。それを合わせたら、それはその人にしか
できない個性的で素晴らしいファッションです。よく「人に歴史あり」と
いいますが、「ファッションにも歴史あり」と言ったところではないでしょうか。
ファッションも個性(人)も育てるものですので。
と個性の出し方についていろいろと書きましたが、
日本って流行に右に倣えをしてトレンドに染まるか、
個性を求めて、過剰なデザインの服を過剰な着こなしできめるのか。
なんか極端な人が多いと思いません?やっぱりこれは即席でなんとかしようと
する人が多いのが原因じゃないかと思います。
「ファッションにも歴史あり」と長い目で自分のファッションを求めていったら、
外人さんのような個性があって自然なファッションになるのではないでしょうか。
では今回はこのへんで。ではでは。
コメント
コメント一覧 (8件)
>みんな横並びの”没個性”のファッションではないかなぁと
実際のトコそんな気がします。
それで安心してたり、仲間になっていったりね。
>スタイルこそ違いますが、基本は同じです。
実は、この「基本」が難しいんです。
「基本」って具体的にこう。って書けないんですよ。
>まぁ3号さんへ
ファションはアートなので、
どうしても感覚的なものがありますからね^^;
だから水掛け論がよく起こります。
でも色の組み合わせだとか、
サイズの合わせ方、
例えば、ジャケットやシャツの選び方の
基本は具体的に書いているサイトがたくさん
ありますし、脱オタファションというのも
1つの基本ではないかなぁと思います^^
裏原、B系、モード系等を極めた者が、
おのおので要素(基本)を箇条書きして行き、
グルーピングしていくと
面白いデーターが取れて、
楽しそうなんですが。
大変な作業になりますけど^^;
>自分のファッションの歴史を捨ててはいけませんよ。
自分のファッションの歴史はその人にしか作れない1つの個性です。
おっしゃるとおり、まさにそうだと思います。燃やすなんて愚の骨頂です。行き過ぎた行為だと思います。(少なからず愛してたモノをナゼ?火葬ってこと?)
はじめまして。
色々拝見させてもらいましたがとても勉強になります。
僕は22歳で来年アパレルに就職しようとしてるものです。
自分も昔の服は結構取って置いたりします。
本当に着なくなった服は、服がもったいないのでフリマで売ったりしていますが。
みなさん、おっしゃるとおり、自分がいいと思って買った服を燃やすなんて行為は自分の今までを否定しているような感じがして、前向きでなくてあんまりいいとは思いません。
というか、高いお金を払って買ったものを燃やすなんて服とお金に対して失礼だっ!
あれ、怒るところ違います?
こんにちは。
最近、”個性”について考えさせられることが度々あります。書店では色々な雑誌が置かれている中で、やはりその中では限られた情報しか得がたい(系統によって分類されるなど)勿論、ファッションもそうだし、感覚もそうですが、私の周りを見てみると”個性”が強いなって思う人は本当に何よりも自分のことをよく客観視できているし、また瞬間に感じる自分の気持ちによく耳を傾け、自身のスタイルを持っている人が多いです。生き方自体も前向きで常に目が輝いている人が多いと思います。決して無理をする訳でもなく、だからといって協調性に欠ける訳でもない。ただ、”自分”という確固たる
ものを胸に秘めてる。そういう人は本当に輝いているし、
周りが見ても一目でわかるような気がします。
ファッションにおいても、もちろん、生き方や
環境から育まれた感覚は随分影響すると思いますが(笑)なんか、よく分からない文章になってしまいましたが、とにかく、人間の持つ感覚をフルに生かすことは本当に大事なことなんだなあって
思います。見えないものも見えてくるというか、
そこにはその人なりの”個性”が生まれてるのかな~って思います(笑)
こんにちは。
最近、”個性”について考えさせられることが度々あります。書店では色々な雑誌が置かれている中で、やはりその中では限られた情報しか得がたい(系統によって分類されるなど)勿論、ファッションもそうだし、感覚もそうですが、私の周りを見てみると”個性”が強いなって思う人は本当に何よりも自分のことをよく客観視できているし、また瞬間に感じる自分の気持ちによく耳を傾け、自身のスタイルを持っている人が多いです。生き方自体も前向きで常に目が輝いている人が多いと思います。決して無理をする訳でもなく、だからといって協調性に欠ける訳でもない。ただ、”自分”という確固たる
ものを胸に秘めてる。そういう人は本当に輝いているし、
周りが見ても一目でわかるような気がします。
ファッションにおいても、もちろん、生き方や
環境から育まれた感覚は随分影響すると思いますが(笑)なんか、よく分からない文章になってしまいましたが、とにかく、人間の持つ感覚をフルに生かすことは本当に大事なことなんだなあって
思います。見えないものも見えてくるというか、
そこにはその人なりの”個性”が生まれてるのかな~って思います(笑)
>Mazeさんへ
彼はファションリーダーになるために、
過去のダサイ服を燃やしたらしいです。
ネタで燃やしたんでしょうけど、
そこまでしなくていいのに・・・
と思いました^^;
>stoicさんへ
はじめまして。
来年からアパレル業界ですか^^
役に立つかはわかりませんが、
ファッションニュースをかき集めているので、
何かに役立ててくださいね^^
燃やすのは第三者はネタとして楽しいでしょうけど、服の作り手は気分悪いですよね。^^;
> ウメさんへ
>ただ、”自分”という確固たるものを胸に秘めてる。
その通りだと思います。
なんといいますか、信念を感じますよね^^
そういう確固たる個性を打ち出せている人は、
見ていてカッコイイですよね^^
検索しててこのページにたどり着きました。
5年越しのコメント失礼します。
外人さん=個性的というのはどうなんでしょう?
その考え方が世の中に氾濫してるから、「没個性的」なファッションが多く出ているような気もするんですが・・・