「モードとは起源のない出現である」。ボードリヤールの言葉です。
ブームの始まりと終わりの時期を明確に出すのは無理があるのですが、
一応、前フリに対し投げっぱなしにするのもアレなので2006年と結論付けてみました。
好きなブランドによって見方も変わってくるので見解は人それぞれで良いと思っており、
当時を懐かしんでもらえればと面白おかしく書いたのですが、
それが予想以上に拡散されていきましたので、ちょこちょこ加筆し修正を加えたりしております。
何かの参考になればと。
元記事で省いたポイントを上げると、裏原系に対抗してギャル男から「裏渋系」が発生し、
JR柏駅東口で「裏カシ系」なるものが流行り(ネクサスセブンが台頭)、
そのネクサスセブン、ノンネイティブ、グッドイナフなどを取り扱った「時しらず」という
セレクトショップの隆盛と閉店。これらも裏原関係です。
他に、フラボアのサルエルとサロン系、廃れた代官山、裏原世代の受け皿となった中目黒系のショップ、
ここ数年盛り上がりつつある?奥原宿エリアなども裏原を語るうえでポイントになってきます。
ただこのあたりの話も盛り込むと、時しらずって裏原!?代官山の変遷は?
中目黒系って何?と話に収集がつかなくなりボリュームも増えますので削りました。
私の見解では、裏原ブームは97年、00年、03年、06年、09年と3年ごとに節目がきており、
イノベーターは「裏原系」とブームに名前が付けられた97年、アーリーアダプターは
世紀が変わった00年、アーリーマジョリティはシーンのモード化が顕著になってきた03年、
レイトマジョリティはスキニーブーム(スト系シルエットの終わり)の06年、
ラガードはナンバーナインが解散した09年に裏原ブームは終わったと主張するのでは
ないかと考えています。
元記事はその山の稜線を歩いたようなもので、まだまだ別ルートによる見解もあると思いますので、
他の人の意見も読んでみたいところではありますが、
せっかくなのでもう少しだけ触れておきます。
■なぜ裏原系に熱狂していたのか?
〇〇系は音楽のジャンル分けに端を発していて、いわゆる裏原ブランドの
多くが音楽(ミュージシャン)に関係あるのでそこからきています。
例えば、パンク系、グランジ系、B系、V系、渋谷系、裏原系などなど。
90年代のバンドブームで音楽が細分化されていき、音楽と関連性の強い
ファッションも細分化されていきました。その一つが裏原系です。
バンドブームでイケてるミュージシャンの仲間たち、その末席でもいいから自分も
加わりたいというのが裏原ブームの原動力です。バンドTシャツ(特にスタッフTシャツ)が
欲しいファンの心理に近いかもしれません。自分も時代感を纏いたい。
シーンの一部になりたい。そんな思いがあったのかもしれません。
ブランド側の特徴はストリートのカリスマが手掛けている(多くがミュージシャン)、
仲間内のノリ(コラボ)、小ロット限定生産(入手困難)、発見が異常に難しい店構え(排他的)、
入荷日にできる行列(口コミ)などがあります。結果的に、「一部のセンスのある人たちだけが知る
(手にできる)」的な感じになっていき、ショップの関係者や販売員と仲が良い人たち
(≒センスが良い人たち)ほど入手が容易でした。だから、自分たちもそちら側に行きたい、
他のダサい奴らと差別化したいと必死になったのです。
というような感じで説明されることが多い裏原ブームですが、
それは初期であって、そんな幻想を抱いていた人は少ないのではないでしょうか。
コラボ(ダブルネーム)と煽られれば良く見える。所持品にプレ値がつけば嬉しくなる。
入手が困難になるほど燃える。ビックリマンシールの延長というのが世間的な見方でしょう。
転売屋が田舎者に売りつけていたのが裏原系とよくdisられていますよね。
■裏原系の定義とその範囲は
ヘッドポーター、バウンティハンター、GDC、コンプリートフィネス、ヘクティック、ネクスド、
リボルバー、ウィズ、ドゥアラット、テンダーロイン等々。裏原ブランドは無数にあります。
元記事で取り上げなかったブランドは多いです。それは裏原系の定義付けが難しいから。
下記の画像を見比べてください。



画像は全て『smart EX Vol.1 史上最強ブランド大図鑑』という裏原ブランドカタログみたいなムックからです。一番上が裏原系のエイプ、次が恵比寿系のBAL(バランス)、最後がドメブラのNハリウッド。ポップ、エクストリーム、ヴィンテージという感じで見るからに味付けが異なっており、これらを全て裏原系と括るのは無理があると思いませんか?ショップの場所で括るとしても、青山、中目黒、穏田(キャットストリート)とどれも裏原エリアではありません。かろうじてエイプが裏原エリアにショップがあったというくらい。
初期のNハリウッドはMEN’S NON-NOでよく取り上げられていましたが、
着こんでくたっとなったような白無地Tシャツ推しが印象に残っています。
ポップなキャラクターやロゴなどの記号を売りにする裏原系とは毛色が違って見えました。
今ではドメブラで括られることが多い、裏原ブーム時も人気だったブランド、
例えば、Nハリウッド、ノンネイティブ、ラウンジリザード、ラッドミュージシャン、
ミハラヤスヒロあたりは裏原系とは違うのではないか?と思うのですが、
おそらく各ブランドごとに意見が割れるでしょう。
参考までに、裏原系と括るのに必要な条件ないし特徴を考えると、
・ストリート系(ダボッとしたシルエット)
・グラフィカル(ストリートアート的な何か)
・ポップなロゴとキャラクター(記号性)
・古着ベース(ヴィンテージの焼き直し)
・音楽と関係性が強い(特にパンクとヒップホップ)
・ショップの立地が神宮前3丁目・4丁目エリア
こんなところでしょうか。この条件の大半を満たすのに清春が絡んでいたFAUST
というブランドがあります。これも裏原か否かで当時から意見が割れています。
「ストリートのダボッとしたサイズ感が主流の時代にエディ的なスキニーパンツを
出していたという点で裏原ではない!(ストリートっぽくない)」
「いやいや、アレはパンクだから裏原の範疇でしょ!とんちゃん通りにお店あるし」
「だからポップさが足りないって!裏原ではなくただのパンクかロック系だよ」と
こんな感じで1つ1つブランドを振り分けていくのはあまりにも不毛です(笑)
裏原ブームを形成していったブランドたちのどこからが裏原系で、
どこからがストリート系で、どこからがドメブラでと線引きをするのは非常に難しいので、
私は『smart EX Vol.1 史上最強ブランド大図鑑』に掲載されているストリート
ブランドが裏原系だと考えています。ムックには裏原以外のブランドも数多く登場しますが、
きりがないので「当時のストリート系≒裏原系」とざっくりと括っております。
■裏原系復活への道は険しい
アントワープ系みたいなもので裏原系も1つの括りとして機能しているので、
復活も何も裏原系は裏原系なのだと思います。
ただ人気が90年代水準まで戻るかと言われればそれは難しいかもしれません。
裏原は音楽と密接な関係がある以上、オリコンチャートがアイドルに
占拠されている現状だと厳しいからです。
次にストリートのカリスマから身近なカリスマへと流れが変わったこと。
今は若者の熱気が集まる場所はネット、ニコニコ動画なのだと思います。
ストリートのカリスマとそのフォロワー達。ニコニコ有名人とそのファンたち。
その関係性や熱狂具合が似ているように感じています。
そしてニコニコ動画に行くと「ニコニコ動画(原宿)」と原宿アピール。
ここから誕生したのがご存知、原宿系のアイコンきゃりーぱみゅぱみゅです。
原宿で読者モデルとして活躍し、ニコニコ動画(原宿)ではユーザー生放送をして注目を集めていました。
この「原宿」によってトレンドが裏から表返り、原宿系がメインストリームになりました。
カルチャーは秋葉原、渋谷、原宿のミックス。地理的に秋葉原だけ離れていますが、
ネットならその空気を繋げられるという利点もあります。
この今の原宿系をまた裏に引っくり返せるほどのパワーがあるのかと考えると、
90年代的な裏原ノリでは難しい、復活の鍵は裏原世代(アラサー)にあるのでしょうが、
皆様はどう思いますか?とネタを振っておいたところでこの長すぎる余談は終わりたいと思います。
私ばかり一方的に裏原の思い出話をしても空しいので、皆さんがコメント欄、
ツイッター、ブログ等で語ることを期待しています(笑)
【関連】
裏原系が終わったのはいつなのか?トレンドの流れを俯瞰し検証する
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僕が初めて買ったブランドと呼べる服はエイプでした(笑)
僕の地元は当時アローズやビームスもないような県
だったので当然エイプのショップもありませんでした。
なので修学旅行が北海道だったのですが、僕のグループは
みんな服好きだったのもあって観光地などそっちのけで
エイプのお店に行ったのはいい思い出です(笑)
因みに2003年、当時は17歳でした。
みんなスマートを読んでいたのですが、2004年頃から
メンズノンノやファインボーイズを読んでる人が増えだしたので
その頃が同級生の中では裏原の転換期だったように思います。